三社祭がはじまると、夏が来る——浅草とHeWhoMe.Tokyoの話

三社祭がはじまると、夏が来る——浅草とHeWhoMe.Tokyoの話

こんにちは。HeWhoMe.Tokyo代表の小野崎です。

太鼓の音が浅草の路地に響きはじめると、私はいつも思います。
ああ、夏が来たと。

カレンダー上はまだ5月。
東京の空気には春の名残があります。

でも、体が先に知っています。

三社祭がはじまる感覚は、それほど大きな季節の扉なのです。

HeWhoMe.Tokyoが生まれる場所

HeWhoMe.Tokyoの靴は、浅草の本社ファクトリーで一足一足手作りされています。

なぜ浅草なのか。
それは偶然ではありません。

浅草は江戸時代から、職人と商人と文化が交差してきた街です。

染め物屋、革職人、手仕事を生業とする人たちが、何百年にもわたってこの街に根を張ってきました。

着物の生地から靴を作るという私たちの仕事は、その長い連鎖の延長線上にあります。

法被という布のことば

三社祭で街に繰り出す人々が身につけるのが、法被(はっぴ)です。

濃紺に染め抜かれた大胆な柄——幾何学模様、波、家紋をかたどった図案が、それぞれの町会のアイデンティティを示します。

この柄の成り立ちは、着物の染め技術と同じ源流を持っています。

意匠に意味を込め、布で人と人をつなぐ——祭りの布も着物の布も、根っこは同じです。

神輿を担ぐ人々の法被が浅草の路地を埋め尽くす光景は、日本のテキスタイル文化がもっとも生き生きとしている瞬間のひとつだと思います。

HeWhoMe.Tokyoという靴が持つ「風土」

日本語に「風土」という言葉があります。その土地の気候、地形、文化が人やものに宿る、という感覚です。

HeWhoMe.Tokyoの靴には、浅草の風土が宿っています。

作る手が吸収してきた職人の呼吸、祭りの季節感、この街が何世代にもわたって守ってきたものへの敬意。

三社祭の神輿がアトリエの外を通るとき、それは仕事の背景ではなく、同じ物語の一部だと感じます。

靴のこと、布のこと、浅草の話——いつでもお声がけください。